ハリスの旋風(1966年)【動画】

1960年代のアニメ

国松さまのお通りだい!

ハリスの旋風 ストーリー

喧嘩万能、スポーツ万能の石田国松。両親は静岡でラーメン屋を営んでいましたが、乱暴者の国松が学校で問題を起こしては退学・転校を繰り返し、一家も地元に住んでいられない状況になって東京に引っ越してきます。

国松は、ある日名門ハリス学園の教員 岩波剛三とトラブルになり、岩波をノックアウトしてしまいます。

この様子を見ていた学園長は、国松の運動神経に惚れ込んでハリス学園への入学を勧め、国松は反発するものの最終的には学園長の説得に負けて入学することになります。

国松はトラブルになった教師 岩波の担任するクラスに編入。早速、同級生の剣道部員と喧嘩になりますが、見事な戦いぶりと鋭い運動神経に感嘆した他の運動部員たちがこぞって国松を勧誘します。

国松は、野球部、剣道部、ボクシング部、サッカー部で、どの部も大会で優勝の原動力となっていきます。

ハリスの旋風・国松さまのお通りだい の概要

『ハリスの旋風』は、昭和41年(1966年)5月5日から昭和42年(1967年)8月31日までフジテレビ系列局で放送されました。(全70話)

また、昭和46年(1971年)10月6日から昭和47年(1972年)9月25日まで、タイトルを『国松さまのお通りだい』と変えて放送されています。(全52話)

覚書

ちばてつやは、漫画の世界では既に人気作家でしたがアニメとしてTV放送されたのは、この『ハリスの旋風』が最初の作品になりました。

後の『あしたのジョー』(1970年)で大ブレイクしたためにちばてつや作品としては若干影が薄くなっている国松ですが、運動神経抜群で破天荒な国松は、等身大ヒーローとして当時の僕たちの羨望の的でした。

「ハリス」について

『ハリスの旋風』は、昭和40年に少年マガジンで連載が開始された漫画のタイトルを、『カネボウハリス株式会社』がスポンサードしたことによります。

TVアニメの二作目で題名『国松さまのお通りだい』に変わったのもカネボウがスポンサーをしなくなったから、というのが理由です。

川上のぼるとハリス坊や
ハリスガムの自動販売機

前身の「ハリス」(ハリス株式会社)は、大阪でチョコレートやガム(ハリスガム)などを製造する菓子メーカーで昭和35年(1960年)のガムの販売は年間45億円、国内の40%以上シェアを持っていて、マンガやアニメのキャラクターもののガムもあり、当時はガムと言えば「ハリスガム」でした。

朝日放送のラジオ番組「ハリスクイズ」で、腹話術師の川上のぼるが抱いた「ハリス坊や」がクイズ正解者に白目を出して「一等賞~」と声を張り上げる姿は大流行しました。

世界初のガムの自動販売機なども作って順調に業績を伸ばしていましたが、日本のエジソンと云われた創業社長の森秋廣が病に倒れたのを期に、カネボウとの合弁で『カネボウハリス株式会社』を設立し、後にカネボウ(現クラシエフーズ)に吸収合併されています。

ハリスの旋風の映像

ハリスの旋風 1966 第十五話~第二十一話 Full Video

国松さまのお通りだい 1971 OP-ED

ハリスの旋風 ディスコグラフィ

ハリスの旋風 1966
国松様のお通りだい 1971

コメント

タイトルとURLをコピーしました